過酷な体重管理、引退後も尾を引く摂食障害 「人生を長い目で見て指導を」と訴え―原裕美子さん
世界摂食障害アクションデイが毎年世界各国で催されました。(2020年6月2日)
今年のテーマは、「あなたの体験を共有」ということです。特に,この昨今の自粛生活など新型コロナウィルスの感染拡大防止の中でのあなたの体験(#ShareYourStory experience during COVID-19)をみんなで共有していくという方向と思います。
日本摂食障害協会のイベントでは、協会初となるオンラインイベント「摂食障害について考える-私たちの主張2020-」を開催しました。10名の摂食障害当事者(当事者だった方も)からのメッセージや意見交換が行われました。
#世界摂食障害アクションデイ2020
ちなみに、昨年の世界摂食障害アクションデイのイベントは、
2020年の東京オリンピック・パラリンピックを意識して「生命の躍動を支える~食の価額と豊かなスポーツライフ」というテーマでした。その時に、シンポジウムに参加した元オリンピック選手の原裕美子さんの記事を紹介します。
https://medical.jiji.com/column3/37
「子どもたちの人生を長い目で見た指導を常に心掛けてほしい」
名古屋と大阪の国際女子マラソンで優勝し、世界選手権のマラソン日本代表として6位入賞を果たすなど、トップランナーとして活躍した原裕美子さん。だが、現役時代、過酷な体重管理が引き金とみられる摂食障害に陥っていた。今年1月に38歳になったが、引退から長い時間がたつ今も、影響が尾を引く。
女性アスリート健康支援委員会(川原貴会長)が2月1日に開いた集会「Female Athlete Confence 2020~女子選手のヘルスケアを考える~」で、原さんは総合討論のゲストに招かれ、質問に答える形で体験を話した。発言を整理し、指導者らへのメッセージとして詳しく紹介したい。
◇摂食障害という言葉も知らなかった
―現役時代、女性アスリートの健康問題を示す「三主徴」(「体の利用可能エネルギー不足」と、それが招く「無月経」「骨粗しょう症」のこと)についてご存じでしたか。
皆さんの前で、摂食障害について話すようになったのは数カ月前。そこで初めて三主徴という言葉を聞きました。
私は2001年(高校卒業後、実業団チームに入って2年目)に過食嘔吐(おうと)が始まりましたが、(チームを移籍する)10年までは、それが摂食障害という病気だとも知りませんでした。「何で吐いてしまうかな」「何で食べ物を我慢できないかな」と自分を責め続けるだけでしたね。
―現役時代の月経の状況と骨密度は。
中学では月経もあったし、体重管理も受けていません。3年生で東日本女子駅伝で区間賞を取った時は163センチ、48キロくらい。肉付きが良く、大した練習をやらなくても、若さの勢いがありました。高校に入ってすぐに親元を離れて(陸上の)夢をかなえるため下宿し、体重管理が始まりました。その4月から生理(月経)が止まりました。
実業団に入って本当に厳しい体重管理を受けました。月経は(引退翌年の)15年まで約17年間止まったまま。疲労骨折は右足中骨を5本中4本、治っては骨折、治っては骨折と繰り返し、09年には恥骨を4カ所続けてやりましたが、当時は無月経と疲労骨折の関連(月経が来ないと、骨を丈夫にする女性ホルモンの分泌が抑制される)も知りませんでした。
◇痩せ過ぎと言われても異常だと思わず
―体重管理はどのような状況でしたか。
高校の時は走ることが大好きで、先生からも「食べて走って痩せればいい」という指導を受けていました。実業団では「朝練習の前から午後の本練習までに増やしていいのは何グラム」などと言われ、3日以上続いて反すると、本当に1~2時間怒られたりしました。
走る夢をかなえたくて社会人に進んだのに、痩せるため、汗をかくために走っているようで、夏でもスエットスーツを着て脱水で倒れたこともあり、冬は十二単(ひとえ)みたいに着られるだけ着込んでいる状態でした。スタッフの前で1日4~6回体重計に乗り、自分でも「今食べて何グラム増えたか」「お風呂で何グラム減ったか」などと何十回乗っていたか分かりません。
―摂食障害のきっかけは体重管理、減量だと思っていますか。
それが大きいと思っています。実業団の同期で1人だけ私が吐いているのを知っていて、「裕美子、やめないと死んじゃうよ」と言われたことがあったけれど、当時は練習ができていました。
吐き始めて1年くらいでけがもほとんどなく走れていた頃、身長163センチで体重が41キロを下回っていました。腕が細過ぎて、中学の恩師に「痩せ過ぎだろ。食べているか」と言われましたが「大丈夫です」と答えるだけで、異常とは思いませんでした。
◇今も治療中、歯にも大きなダメージ
―10年に故小出義雄監督(女子マラソンの五輪金メダリスト・高橋尚子さんらを育てた指導者)のチームに移籍しました。
小出監督からは「調べたら、骨がスカスカで、骨粗しょう症になっているよ」と言われて、骨粗しょう症の薬を飲みました。
監督に出会って初めて「食べて吐いている」と打ち明けることもできました。「あっ、摂食障害だね。ちゃんと治療しないと。吐いてたら走れないし勝てない。何より子どもが産めなくなっちゃうよ」と言われて、北海道マラソンの優勝後に初めてカウンセリング治療を受けました。「もっと早く打ち明けていれば、こんな苦しまなくて済んだな」と思いましたね。
―引退した今も治療中で、体にはいろいろ影響が出ているそうですね。
例えば(摂食障害では、食べ物を吐くときの胃酸で歯がむしばまれるため)奥歯にインプラントをたくさん入れました。軽自動車を4台買ってもお釣りが出るくらい歯に治療費をかけています。本当に難しい病気だと思います。
月経は、引退後も来ない時期が長くて不安でした。今は戻って安心しています。
―減量でパフォーマンスが落ちたり、障害が出て競技を続けられなくなったりする選手もたくさんいます。
3年ほど前に見た強豪高校の練習は、私の時代よりも質量共にハイレベル。食事では、選手の「マイお茶わん」のご飯が、上からのぞきこまないと見えないほどの量しかなく、マッサージで体を触ると「どこに筋肉が付いているの」と感じるほどの細さでした。駅伝などのテレビ中継を見ても、中学・高校から厳しい体重制限を受けているなと感じています。
ジュニア期は、将来のために体、骨、筋肉と中身をつくる時期。指導者としては子どもたちに結果を出してほしいし、親も子ども本人も、いい結果を出したいでしょうが、やらせ過ぎたり(体重制限で)体をつくり過ぎたりすると、その先に伸びなくなってしまいます。
仲間を大切にするといった心の内面を育てることも大切。心があるから大人になってつらいことにも耐えていけるので、スイッチを切り替えていただけるといいなと思います。
◇指導者の一言で子どもは変わってしまう
―治療を続けながら、周囲や家族とどう向き合いましたか。
勇気を持って打ち明けたら、「つらくなったら連絡して」「つらくなる前に言ってよ」と心配してくれました。だからこうして明るく元気でいられます。周りの方に支えられているという感謝の気持ちも、より強くなりました。
今、市民マラソン大会にボランティアやスタッフとして関わらせていただいていて、「あっ、こんな楽しみ方もあるんだな」と感じ、すごく楽しいですね。
―指導者に伝えたいことは。
子どもたちは純粋で、先生や先輩に逆らえない。私はつらい思いだけではなく、いろいろな経験をさせていただいて感謝もしていますが、先生の一言によって子どもたちは変わってしまいます。
選手をやめてからの人生も長く、何より大切です。「今だけのため」「この大会のため」ではなく、その子の人生を長い目で見た指導を常に心掛けてほしいと思っています。
―最後に、女性アスリート、特に十代の女子選手にメッセージをお願いします。
もしも摂食障害になってしまったら、打ち明けられる人に早めに相談するか、勇気を出して病院に行く一歩を踏み出し、早期に治療してほしい。1本の歯の治療と同じで、ほっておいたら周りの歯もどんどんひどくなり、治すのに時間もお金がもかかってしまいます。(構成・水口郁雄)(by 時事メディカル)